3月21日、藤あや子と伍代夏子の歌謡ショーに行ってきた。例によって妻に引かれて、という次第である。妻の友人の都合が悪くなり、急遽代役で聞いてきた。
座席が2列目の真ん中と大変いい場所だった。藤と伍代の2人が舞台に出てきたときは、ハッと息を呑んだ。美しすぎる。色っぽく艶めいていた。2列目の座席からは、舞台の2人の表情がハッキリ見える。実物はテレビで見るよりずっときれいだった。昔、初めて妻に会ったときのように、心がときめいてしまった。(妻には内緒)
藤あや子が歌った「曼珠沙華」が素晴らしかった(他のほとんども大変よかったけど)。曼珠沙華の白い模様の入った赤い和服を着て、照明も赤系統で情熱真っ赤っか。あれ程情熱的に熱唱して大丈夫なのかと心配したくなるほど全精力を歌に注ぎ込んで歌っていた。
Youtube上の曼珠沙華。着物は同じもの。歌は、実物の舞台が圧倒的に素晴らしい。
歌「曼珠沙華」は、最初、山口百恵の『二十才の記念碑 曼珠沙華』として1978年12月に発売された16枚目のアルバムに収録された。作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童。同じアルバムには大ヒット曲になった「いい日旅立ち」(作詞・作曲: 谷村新司)が入っていた。藤あや子は、2003年9月にこの曲をカバーした。(2人ともCBSソニー)
歌手「藤あや子」の成功へのマイルストーンは、作詞:三浦康照、作曲:山口ひろしの「こころ酒」。藤あや子も伍代夏子も1961年生まれ。
曼珠沙華(マンジュシャゲ、またはマンジュシャカ。サンスクリット語 manjusakaの音写)は、仏教で、天界に咲く純白の花で、見る者の悪業を払うといわれている。
日本語での花としての正式名称は、ヒガンバナ(彼岸花、学名:Lycoris radiata)。ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草である。花も葉も茎も鱗茎も有毒である。特に鱗茎には、アルカロイド(リコリン、ガランタミン、セキサニン、ホモリコリン等)を多く含む有毒植物である。
日本では昔から畦や墓場(特に土葬の場所)に植えられてきた。鱗茎の毒を嫌ってミミズが近づかないので、それをえさにするモグラやネズミに荒らされないようになる。もう一つ、ヒガンバナは、有毒なので農産物ではなく年貢の対象外とされたため、飢饉のときの救済作物として田畑や墓の草取りのついでに栽培されたとも言われてもいる。
ヒガンバナの大群生地としては、埼玉県日高市の巾着田が500万本で第一位。愛知県半田市の矢勝川が100万本とも200万本とも言われている。岐阜県海津市南濃町の木曽川水系津屋川が10万本。一度、巾着田のヒガンバナを見たいものだ。
ヒガンバナWikipedia
埼玉県日高市の巾着田 Google地図
2015年3月21日土曜日
2015年3月15日日曜日
梅林公園近く瑞龍寺での弥生のお茶会へ行ってきました
裏千家で茶道を再開した妻に誘われてお茶会と梅の花見に行ってきた。茶会は龍瑞寺及び塔頭2ケ所で、裏千家、表千家、江戸表千家の三茶道家が行った。お茶をもっと広める為とのことだが、仲間内での茶会にしか見えなく、一般の目にはほとんど触れないので、広めるという意図はほとんど意味を成していないように思った。
瑞龍寺は由緒ある寺で、初めて訪問したが、立派な寺です。岐阜市内では一番立派なお寺ではないでしょうか。それにもかかわらず、Googleマップに瑞龍寺の名前がありません。一番重要な名称のはずなのに表示されていない(下、一番山側の大きい寺が瑞龍寺)。
ただ、地図上で瑞龍寺の場所をクリックすると瑞龍寺と枠内に表示が出る。(下)
梅林公園の梅の木はかなり弱っていて、このままでは、魅力ない梅林にならないか心配だ。もっと心配なことは、梅祭りの関係がそのことを全然意に介していないことだ。下の写真は瑞龍寺の梅。太平洋戦争で寺は全焼したが、この梅の木は残った根から芽が出て今の姿まで復活した。
土岐成頼(しげより)、斎藤妙椿(みょうちん)の墓へ向かう妻。(下)
ただ、地図上で瑞龍寺の場所をクリックすると瑞龍寺と枠内に表示が出る。(下)
梅林公園の梅の木はかなり弱っていて、このままでは、魅力ない梅林にならないか心配だ。もっと心配なことは、梅祭りの関係がそのことを全然意に介していないことだ。下の写真は瑞龍寺の梅。太平洋戦争で寺は全焼したが、この梅の木は残った根から芽が出て今の姿まで復活した。
土岐成頼(しげより)、斎藤妙椿(みょうちん)の墓へ向かう妻。(下)
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