曼陀羅寺の藤を、昨年2014年、生まれて初めて見に来た日は5月2日。少し遅かった。今日2015年5月29日は、満開で最適な日に2日ほど早いかと思う感じだった。でも、誰もが満足する咲き加減でした。
曼陀羅寺の藤をはじめてみると「藤ってこんなに見事なんだ」と感動の言葉が口をついて出る。花の種類もいろいろで、藤色、ピンク、白、ぶどうの房のように見える八重咲きなど、心から堪能できる。
曼陀羅寺の周りには、臨時の駐車場がたくさん出来る。「江南市観光協会指定 曼陀羅寺周辺駐車場組合」加盟の駐車場が安心です。昨年は、初めてのことで、訳がわからず駐車場が簡単に見つからず3時間1000円で駐車することになった(非加盟)。加盟はどこも3時間500円だと思う。
駐車場が見つかりやすいのは、曼陀羅寺の南東道路(唐門のある正面側)と南西道路です。東北道路は満車ばかりです。昨年は、この東北道路周辺で駐車して1000円取られた。(取る方も取られる方もセコイかな?)
曼陀羅寺は毎年、4月29日から5月5日まで、宝物を公開している。昨年は気づかなかったけど、今年は見せてもらった。後醍醐天皇が命じて1329年に完成した由緒ある寺です。塔頭も楽しめると思います。抹茶が飲めるところもあります。写真一番下の黄色いツツジは慈光院の庭に咲いていたものです。(曼陀羅寺は、ここでは曼荼羅寺ではありません)
続報: 妻が見に行きたいと言うので、5月2日に再訪した。時間は午後3時半。29日、30日、1日、2日と全て天気が良く、暑いくらいの日が続いたので、藤はもう咲き終わりそうだった。一番株数が多い、6尺、9尺の藤色の藤は、咲き終わりに近かった。 ピンクは一本だけなんとかきれいに咲いていた。白は、見ごろが一番遅いようで、4月29日は早すぎで、5月2日が満開だった。いつが一番いいか、皆はTwitterで情報交換しているのだろうか。
2015年4月29日水曜日
2015年4月24日金曜日
長野県下伊那郡阿智村智里の花桃(ハナモモ)
4月12日に揖斐川町のハナモモを見てから、ハナモモが気になっていた。長野県下伊那郡阿智村知里でハナモモが見られるらしいので、出かけた。阿智村では、漢字で「花桃」かひらがなで「はなもも」としてる。
阿智村知里は面積がかなり広そうだ。その智里のなかに三ケ所、心がわくわくする花桃の観賞場所がある。東から、昼神温泉、園原ICバス停(農業組合法人東山道運営の食事とみやげ物屋がある)、月川(げっせん)。
花の咲く時期が少しずれている。昼神温泉と園原ICバス停は4月中旬から下旬。月川は4月下旬から5月上旬で、5月の連休がちょうど見ごろらしく、4月24日は早すぎた。
今日の道程は、名古屋方面から中央高速で来て、飯田山本インターで降りた。上記3ケ所だけ見るなら園原インターで降りるのがベスト。飯田山本インターで降りると、園原インターまで国道153号線と256号線を運転して引き返すことと同じになる。ただ、途中花桃を観賞できる。今日は、国道から見下ろしただけだったが、途中で昼神温泉の花桃も見られる。(長野方面からは、園原インナーは利用できないので、飯田山本インターで降りることになる)
園原ICバス停の花桃は素晴らしかった。花桃の艶やかさを堪能した。惜しむらくは、月川の花桃が満開には早すぎたことだ。月川の花桃を見るときは、月川のある高台の方へも見に行くことをお勧めします。(温泉旅館の名称に関して: 花桃の里 月川温泉郷 野熊の庄 月川)
月川温泉郷付近に最初の花桃を植えた人は、月川社長の渋谷秀逸さん。「山の中の過疎地に住む子供たち、孫たちにここに住み続けて欲しい」「地元の人たちに寂しい思いをさせたくない」「元気な地域づくりをしたい」という想いから、月川をオープンするとき自ら25本の花桃を植えたそうです。今では3500本。すばらしい桃源郷が出来上がったわけです。
ナビで正確に目的地へ行くための住所を記しておきます。(住所でうまく表示しない場合は、緯度経度をご利用ください)
園原ICバス停: 長野県下伊那郡阿智村智里499-4 緯度経度35.4586787,137.6771052
月川: 長野県下伊那郡阿智村智里4092-7 緯度経度35.4450622,137.6623531
昼神温泉: 有名だから不要ですね
参考になるホームページ
昼神温泉観光局 http://hirugamionsen.jp/about/hanamomo.html
月川温泉郷付近 花桃開花情報
阿智村商工会 http://achimura.com/information_public/hanamomo_2013.html
閑話休題: 智里とは穏やかならぬ地名を付けたものだ。智恵の里。むーー。愛知県は、知を愛する県。愛媛県はひめを愛する県。
閑話休題2:名古屋方面から来るとき、途中、中津川インターを出てすぐのところにある、「ちこり村」のビュッフェスタイルランチはお勧めです。ディナーはない。中学生以上1580円、小学生900円、幼児500円。11:00から14:00。サラダコスモスが生産する地元野菜中心のメニュー。大変おいしい。日本全国どこにも無いここだけのお土産もいっぱい。働いている人は、地元のご老人など。ちこり村は驚きに満ちている。私の文章は驚きに満ちていないのが残念だ。
阿智村知里は面積がかなり広そうだ。その智里のなかに三ケ所、心がわくわくする花桃の観賞場所がある。東から、昼神温泉、園原ICバス停(農業組合法人東山道運営の食事とみやげ物屋がある)、月川(げっせん)。
花の咲く時期が少しずれている。昼神温泉と園原ICバス停は4月中旬から下旬。月川は4月下旬から5月上旬で、5月の連休がちょうど見ごろらしく、4月24日は早すぎた。
今日の道程は、名古屋方面から中央高速で来て、飯田山本インターで降りた。上記3ケ所だけ見るなら園原インターで降りるのがベスト。飯田山本インターで降りると、園原インターまで国道153号線と256号線を運転して引き返すことと同じになる。ただ、途中花桃を観賞できる。今日は、国道から見下ろしただけだったが、途中で昼神温泉の花桃も見られる。(長野方面からは、園原インナーは利用できないので、飯田山本インターで降りることになる)
園原ICバス停の花桃は素晴らしかった。花桃の艶やかさを堪能した。惜しむらくは、月川の花桃が満開には早すぎたことだ。月川の花桃を見るときは、月川のある高台の方へも見に行くことをお勧めします。(温泉旅館の名称に関して: 花桃の里 月川温泉郷 野熊の庄 月川)
月川温泉郷付近に最初の花桃を植えた人は、月川社長の渋谷秀逸さん。「山の中の過疎地に住む子供たち、孫たちにここに住み続けて欲しい」「地元の人たちに寂しい思いをさせたくない」「元気な地域づくりをしたい」という想いから、月川をオープンするとき自ら25本の花桃を植えたそうです。今では3500本。すばらしい桃源郷が出来上がったわけです。
ナビで正確に目的地へ行くための住所を記しておきます。(住所でうまく表示しない場合は、緯度経度をご利用ください)
園原ICバス停: 長野県下伊那郡阿智村智里499-4 緯度経度35.4586787,137.6771052
月川: 長野県下伊那郡阿智村智里4092-7 緯度経度35.4450622,137.6623531
昼神温泉: 有名だから不要ですね
参考になるホームページ
昼神温泉観光局 http://hirugamionsen.jp/about/hanamomo.html
月川温泉郷付近 花桃開花情報
阿智村商工会 http://achimura.com/information_public/hanamomo_2013.html
閑話休題: 智里とは穏やかならぬ地名を付けたものだ。智恵の里。むーー。愛知県は、知を愛する県。愛媛県はひめを愛する県。
閑話休題2:名古屋方面から来るとき、途中、中津川インターを出てすぐのところにある、「ちこり村」のビュッフェスタイルランチはお勧めです。ディナーはない。中学生以上1580円、小学生900円、幼児500円。11:00から14:00。サラダコスモスが生産する地元野菜中心のメニュー。大変おいしい。日本全国どこにも無いここだけのお土産もいっぱい。働いている人は、地元のご老人など。ちこり村は驚きに満ちている。私の文章は驚きに満ちていないのが残念だ。
2015年4月12日日曜日
根尾谷の薄墨桜と揖斐川町のハナモモ
4月6日から10日まで、天気はよくなかったが、4月11日土曜日は、晴れで気温も適当で風も特になし。岐阜県本巣市根尾板所の薄墨桜を見に出かけた。(夜間照明もあるので、午後に出かけて夜桜も見るのもいいでしょう)(この土日が見納めかな)
継体天皇が皇位を継承するため、京都に迎えられた1500年前に、形見として植えた桜だというのだから、言葉がない。その時の歌一首が残されている。
身の代と 残す桜は 薄住よ 千代に其の名を 栄盛へ止むる
みのしろと のこすさくらは うすずみよ ちよにそのなを さかへとどむる
ただ、継体天皇のお手植え説は、愛知県一宮市の真清田神社ゆかりの土川家で発見された古文書『真清探當證 = 真清探当証』の記述による伝承。原本はなく、極新しい写本が根尾村に残っているのみだとのこと (この記述は一旦ずします。再確認します。)。amazonで「継体天皇とうすずみ桜―古代秘史『真清探当証』の謎 (伝承が語る古代史)」と言う書物が入手できる。
記紀では、継体天皇が天皇に即位する前まで生活していた場所は、越前(近江かもとも)の坂井市とされている。越前と根尾谷は白山を挟んで北と南である。継体天皇説がどうであろうと、桜として最古の一本であることに変わりはない。
愛県一宮市の「真清田神社」が、昔々、神社の縁起に箔を付けるためとか面白みを増すためとかに、このような物語を創作したものと考えても、それほど無理は無い。
それはそれとして、1500年も後の日本人が大挙して其の姿を愛でに来ているのは、一首と呼応していて面白い。(一枚目の薄墨桜は古いデジカメで撮影。2枚目はiPhoneで撮影後、色を強調した)。車で行くと、駐車場の前で4Kmくらい渋滞に巻き込まれる。およそ1時間余分に掛かる。
薄墨桜は、「エドヒガン」桜。寿命が長いのが特徴の一つ。桜は600種以上あるが、大きな分類としては、ヤマザクラ群、エドヒガン群、マメザクラ群、チョウジザクラ群、ヒカンザクラ群、ミヤマザクラ群、シナミザクラ群、サトザクラ群(サトザクラ類)がある。
「ソメイヨシノ」はエドヒガン系とヤマザクラ系のオオシマザクラの交配。テング巣病に弱く、現在植樹される桜はジンダイアケボノになってきている。花と開花期が良く似ている。
オオシマザクラは、多くの園芸品種を生み出したサクラだ。また、桜餅に使われる桜の葉は通常、オオシマザクラの若葉を塩漬けにした物。ソメイヨシノではありません。あの独特の香りはクマリンと言う成分が元になっている。
薄墨桜を楽しんだあとは、揖斐川町のハナモモを見に行った。桂川の両岸4Kmに亘り2300本のハナモモが植えられているそうだ。深紅、ピンク、ホワイト、三色混ざった花が観賞できる。できうれば、もう少し手入れをして樹木の健康を高めて欲しい。また、このハナモモ並木を揖斐川町のホームページで紹介していないのは解せない。しかもハナモモの場所がどこか良くわからない。途中で、子供連れの奥さんに場所を聞いた。ハナモモは揖斐川町の町の花。
下の地図のCマーカーは桂川の「ほたるはし」の位置。 住所と緯度経度は、岐阜県揖斐郡揖斐川町上南方285(35.491218,136.561419)。このほたるはしの上流下流辺りで花見を楽しむのが一番いい。駐車場は特になさそうなので、川の近くの適当な場所に私は駐車した。この地図は、Google Static Maps API V2を使って表示したものです。
ここから南東にある揖斐川町役場で、剪定したハナモモの枝を無料でもらえる。挿し木して増やせそうだ。ハナモモは、桃の花を愛でる為に育てたもの。中国原産だが、現在のハナモモは日本で品種改良されたもの。桂川には18種あるそうだ。(ハナモモは開花期が長くて、4月いっぱいは花見が出来るそうだ)

継体天皇が皇位を継承するため、京都に迎えられた1500年前に、形見として植えた桜だというのだから、言葉がない。その時の歌一首が残されている。
身の代と 残す桜は 薄住よ 千代に其の名を 栄盛へ止むる
みのしろと のこすさくらは うすずみよ ちよにそのなを さかへとどむる
ただ、継体天皇のお手植え説は、愛知県一宮市の真清田神社ゆかりの土川家で発見された古文書『真清探當證 = 真清探当証』の記述による伝承。
記紀では、継体天皇が天皇に即位する前まで生活していた場所は、越前(近江かもとも)の坂井市とされている。越前と根尾谷は白山を挟んで北と南である。継体天皇説がどうであろうと、桜として最古の一本であることに変わりはない。
愛県一宮市の「真清田神社」が、昔々、神社の縁起に箔を付けるためとか面白みを増すためとかに、このような物語を創作したものと考えても、それほど無理は無い。
それはそれとして、1500年も後の日本人が大挙して其の姿を愛でに来ているのは、一首と呼応していて面白い。(一枚目の薄墨桜は古いデジカメで撮影。2枚目はiPhoneで撮影後、色を強調した)。車で行くと、駐車場の前で4Kmくらい渋滞に巻き込まれる。およそ1時間余分に掛かる。
薄墨桜は、「エドヒガン」桜。寿命が長いのが特徴の一つ。桜は600種以上あるが、大きな分類としては、ヤマザクラ群、エドヒガン群、マメザクラ群、チョウジザクラ群、ヒカンザクラ群、ミヤマザクラ群、シナミザクラ群、サトザクラ群(サトザクラ類)がある。
「ソメイヨシノ」はエドヒガン系とヤマザクラ系のオオシマザクラの交配。テング巣病に弱く、現在植樹される桜はジンダイアケボノになってきている。花と開花期が良く似ている。
オオシマザクラは、多くの園芸品種を生み出したサクラだ。また、桜餅に使われる桜の葉は通常、オオシマザクラの若葉を塩漬けにした物。ソメイヨシノではありません。あの独特の香りはクマリンと言う成分が元になっている。
薄墨桜を楽しんだあとは、揖斐川町のハナモモを見に行った。桂川の両岸4Kmに亘り2300本のハナモモが植えられているそうだ。深紅、ピンク、ホワイト、三色混ざった花が観賞できる。できうれば、もう少し手入れをして樹木の健康を高めて欲しい。また、このハナモモ並木を揖斐川町のホームページで紹介していないのは解せない。しかもハナモモの場所がどこか良くわからない。途中で、子供連れの奥さんに場所を聞いた。ハナモモは揖斐川町の町の花。
下の地図のCマーカーは桂川の「ほたるはし」の位置。 住所と緯度経度は、岐阜県揖斐郡揖斐川町上南方285(35.491218,136.561419)。このほたるはしの上流下流辺りで花見を楽しむのが一番いい。駐車場は特になさそうなので、川の近くの適当な場所に私は駐車した。この地図は、Google Static Maps API V2を使って表示したものです。
ここから南東にある揖斐川町役場で、剪定したハナモモの枝を無料でもらえる。挿し木して増やせそうだ。ハナモモは、桃の花を愛でる為に育てたもの。中国原産だが、現在のハナモモは日本で品種改良されたもの。桂川には18種あるそうだ。(ハナモモは開花期が長くて、4月いっぱいは花見が出来るそうだ)
2015年3月21日土曜日
藤あや子の「曼珠沙華」ならもう一度聞きたい
3月21日、藤あや子と伍代夏子の歌謡ショーに行ってきた。例によって妻に引かれて、という次第である。妻の友人の都合が悪くなり、急遽代役で聞いてきた。
座席が2列目の真ん中と大変いい場所だった。藤と伍代の2人が舞台に出てきたときは、ハッと息を呑んだ。美しすぎる。色っぽく艶めいていた。2列目の座席からは、舞台の2人の表情がハッキリ見える。実物はテレビで見るよりずっときれいだった。昔、初めて妻に会ったときのように、心がときめいてしまった。(妻には内緒)
藤あや子が歌った「曼珠沙華」が素晴らしかった(他のほとんども大変よかったけど)。曼珠沙華の白い模様の入った赤い和服を着て、照明も赤系統で情熱真っ赤っか。あれ程情熱的に熱唱して大丈夫なのかと心配したくなるほど全精力を歌に注ぎ込んで歌っていた。
Youtube上の曼珠沙華。着物は同じもの。歌は、実物の舞台が圧倒的に素晴らしい。
歌「曼珠沙華」は、最初、山口百恵の『二十才の記念碑 曼珠沙華』として1978年12月に発売された16枚目のアルバムに収録された。作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童。同じアルバムには大ヒット曲になった「いい日旅立ち」(作詞・作曲: 谷村新司)が入っていた。藤あや子は、2003年9月にこの曲をカバーした。(2人ともCBSソニー)
歌手「藤あや子」の成功へのマイルストーンは、作詞:三浦康照、作曲:山口ひろしの「こころ酒」。藤あや子も伍代夏子も1961年生まれ。
曼珠沙華(マンジュシャゲ、またはマンジュシャカ。サンスクリット語 manjusakaの音写)は、仏教で、天界に咲く純白の花で、見る者の悪業を払うといわれている。
日本語での花としての正式名称は、ヒガンバナ(彼岸花、学名:Lycoris radiata)。ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草である。花も葉も茎も鱗茎も有毒である。特に鱗茎には、アルカロイド(リコリン、ガランタミン、セキサニン、ホモリコリン等)を多く含む有毒植物である。
日本では昔から畦や墓場(特に土葬の場所)に植えられてきた。鱗茎の毒を嫌ってミミズが近づかないので、それをえさにするモグラやネズミに荒らされないようになる。もう一つ、ヒガンバナは、有毒なので農産物ではなく年貢の対象外とされたため、飢饉のときの救済作物として田畑や墓の草取りのついでに栽培されたとも言われてもいる。
ヒガンバナの大群生地としては、埼玉県日高市の巾着田が500万本で第一位。愛知県半田市の矢勝川が100万本とも200万本とも言われている。岐阜県海津市南濃町の木曽川水系津屋川が10万本。一度、巾着田のヒガンバナを見たいものだ。
ヒガンバナWikipedia
埼玉県日高市の巾着田 Google地図
座席が2列目の真ん中と大変いい場所だった。藤と伍代の2人が舞台に出てきたときは、ハッと息を呑んだ。美しすぎる。色っぽく艶めいていた。2列目の座席からは、舞台の2人の表情がハッキリ見える。実物はテレビで見るよりずっときれいだった。昔、初めて妻に会ったときのように、心がときめいてしまった。(妻には内緒)
藤あや子が歌った「曼珠沙華」が素晴らしかった(他のほとんども大変よかったけど)。曼珠沙華の白い模様の入った赤い和服を着て、照明も赤系統で情熱真っ赤っか。あれ程情熱的に熱唱して大丈夫なのかと心配したくなるほど全精力を歌に注ぎ込んで歌っていた。
Youtube上の曼珠沙華。着物は同じもの。歌は、実物の舞台が圧倒的に素晴らしい。
歌「曼珠沙華」は、最初、山口百恵の『二十才の記念碑 曼珠沙華』として1978年12月に発売された16枚目のアルバムに収録された。作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童。同じアルバムには大ヒット曲になった「いい日旅立ち」(作詞・作曲: 谷村新司)が入っていた。藤あや子は、2003年9月にこの曲をカバーした。(2人ともCBSソニー)
歌手「藤あや子」の成功へのマイルストーンは、作詞:三浦康照、作曲:山口ひろしの「こころ酒」。藤あや子も伍代夏子も1961年生まれ。
曼珠沙華(マンジュシャゲ、またはマンジュシャカ。サンスクリット語 manjusakaの音写)は、仏教で、天界に咲く純白の花で、見る者の悪業を払うといわれている。
日本語での花としての正式名称は、ヒガンバナ(彼岸花、学名:Lycoris radiata)。ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草である。花も葉も茎も鱗茎も有毒である。特に鱗茎には、アルカロイド(リコリン、ガランタミン、セキサニン、ホモリコリン等)を多く含む有毒植物である。
日本では昔から畦や墓場(特に土葬の場所)に植えられてきた。鱗茎の毒を嫌ってミミズが近づかないので、それをえさにするモグラやネズミに荒らされないようになる。もう一つ、ヒガンバナは、有毒なので農産物ではなく年貢の対象外とされたため、飢饉のときの救済作物として田畑や墓の草取りのついでに栽培されたとも言われてもいる。
ヒガンバナの大群生地としては、埼玉県日高市の巾着田が500万本で第一位。愛知県半田市の矢勝川が100万本とも200万本とも言われている。岐阜県海津市南濃町の木曽川水系津屋川が10万本。一度、巾着田のヒガンバナを見たいものだ。
ヒガンバナWikipedia
埼玉県日高市の巾着田 Google地図
2015年3月15日日曜日
梅林公園近く瑞龍寺での弥生のお茶会へ行ってきました
裏千家で茶道を再開した妻に誘われてお茶会と梅の花見に行ってきた。茶会は龍瑞寺及び塔頭2ケ所で、裏千家、表千家、江戸表千家の三茶道家が行った。お茶をもっと広める為とのことだが、仲間内での茶会にしか見えなく、一般の目にはほとんど触れないので、広めるという意図はほとんど意味を成していないように思った。
瑞龍寺は由緒ある寺で、初めて訪問したが、立派な寺です。岐阜市内では一番立派なお寺ではないでしょうか。それにもかかわらず、Googleマップに瑞龍寺の名前がありません。一番重要な名称のはずなのに表示されていない(下、一番山側の大きい寺が瑞龍寺)。
ただ、地図上で瑞龍寺の場所をクリックすると瑞龍寺と枠内に表示が出る。(下)
梅林公園の梅の木はかなり弱っていて、このままでは、魅力ない梅林にならないか心配だ。もっと心配なことは、梅祭りの関係がそのことを全然意に介していないことだ。下の写真は瑞龍寺の梅。太平洋戦争で寺は全焼したが、この梅の木は残った根から芽が出て今の姿まで復活した。
土岐成頼(しげより)、斎藤妙椿(みょうちん)の墓へ向かう妻。(下)
ただ、地図上で瑞龍寺の場所をクリックすると瑞龍寺と枠内に表示が出る。(下)
梅林公園の梅の木はかなり弱っていて、このままでは、魅力ない梅林にならないか心配だ。もっと心配なことは、梅祭りの関係がそのことを全然意に介していないことだ。下の写真は瑞龍寺の梅。太平洋戦争で寺は全焼したが、この梅の木は残った根から芽が出て今の姿まで復活した。
土岐成頼(しげより)、斎藤妙椿(みょうちん)の墓へ向かう妻。(下)
2015年2月22日日曜日
日本演歌の夢祭り2015名古屋公演へ行ってきた
妻の誘いで、「第14回日本演歌の夢祭り2015名古屋公演」へ行ってきた。S席10800円は妻もち。
16:30から19:10まで2時間半以上たっぷりの演歌三昧だった。出演者12人と一組。歌また歌で、妻は大満足だったそうだ。また、曲も定番どころのものが主体で、最高のコンサートだったそうだ。
コンサートで私が嫌いなのは、スピーカーの音量が異常なほど大きいことだ。スピーカーの音が割れてしまうほど大きくしなくてもいいと思うのだが、すべてのコンサートのプロデューサーはそう思わないらしい。屋外ならまだしも、屋内でこれほどの音量は不要だと思う。だから、コンサートは好きではない。
今回のコンサート場所は、日本ガイシホール(名古屋市総合体育館レインボーホールの名称を日本ガイシに買ってもらったもの)。スポーツの屋内競技場である。場所は、名古屋市南区東又兵ヱ町5丁目1番地の16、JR笠寺駅から徒歩3分。メインアリーナホールは、観客席最大10,000席。内訳は、競技場を取り囲む2階固定席が5,000席。1階可動席2,000席、移動席(普通のいすを並べるだけ)3,000席。
土曜日のコンサートの観客数は、移動席2000人、可動席500人、固定席3000人、合計5500人といったところだろうか。観客の大部分は、シニア、ご老人。
名古屋公演の出演者紹介:
北島三郎、79歳、北海道出身。
鳥羽一郎、63歳、三重県出身。
天童よしみ、61歳、大阪府出身。
香西かおり、52歳、大阪府出身。
長山洋子、47歳、東京都出身。
島津亜矢、44歳、熊本県出身。
大石まどか、43歳、北海道出身。
夏川りみ、42歳、沖縄県出身。
福田こうへい、39歳、岩手県出身。
大江裕、26歳、大阪府出身。
杜このみ、26歳、北海道出身。
ミヤギマモル、40歳前後?、沖縄県出身。
純烈、子供向け戦隊番組の出演者が6人で結成。
司会は、宮本隆治、65歳、福岡県出身。
今年は、このあと、大阪、福岡、仙台、埼玉でコンサートをするそうです。出演者は、コンサート会場ごとに少しづつ変わるようです。
日本演歌の夢祭り2015
16:30から19:10まで2時間半以上たっぷりの演歌三昧だった。出演者12人と一組。歌また歌で、妻は大満足だったそうだ。また、曲も定番どころのものが主体で、最高のコンサートだったそうだ。
コンサートで私が嫌いなのは、スピーカーの音量が異常なほど大きいことだ。スピーカーの音が割れてしまうほど大きくしなくてもいいと思うのだが、すべてのコンサートのプロデューサーはそう思わないらしい。屋外ならまだしも、屋内でこれほどの音量は不要だと思う。だから、コンサートは好きではない。
今回のコンサート場所は、日本ガイシホール(名古屋市総合体育館レインボーホールの名称を日本ガイシに買ってもらったもの)。スポーツの屋内競技場である。場所は、名古屋市南区東又兵ヱ町5丁目1番地の16、JR笠寺駅から徒歩3分。メインアリーナホールは、観客席最大10,000席。内訳は、競技場を取り囲む2階固定席が5,000席。1階可動席2,000席、移動席(普通のいすを並べるだけ)3,000席。
土曜日のコンサートの観客数は、移動席2000人、可動席500人、固定席3000人、合計5500人といったところだろうか。観客の大部分は、シニア、ご老人。
名古屋公演の出演者紹介:
北島三郎、79歳、北海道出身。
鳥羽一郎、63歳、三重県出身。
天童よしみ、61歳、大阪府出身。
香西かおり、52歳、大阪府出身。
長山洋子、47歳、東京都出身。
島津亜矢、44歳、熊本県出身。
大石まどか、43歳、北海道出身。
夏川りみ、42歳、沖縄県出身。
福田こうへい、39歳、岩手県出身。
大江裕、26歳、大阪府出身。
杜このみ、26歳、北海道出身。
ミヤギマモル、40歳前後?、沖縄県出身。
純烈、子供向け戦隊番組の出演者が6人で結成。
司会は、宮本隆治、65歳、福岡県出身。
今年は、このあと、大阪、福岡、仙台、埼玉でコンサートをするそうです。出演者は、コンサート会場ごとに少しづつ変わるようです。
日本演歌の夢祭り2015
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